普段の暮らしの中のちょっとした会話で、その言葉おかしいでしょ、別の言い方があるんじゃないのと感じ、顔には出さねど、内心むっとすることがしばしばあったりします。
 言葉が雑だと人間関係も雑になる、と私は思っています。
 5年前のNHKのドラマ『この声をきみに』をたまたま見て、魅せられました。竹野内豊と麻生久美子の出演で朗読教室でのコミカルな姿を描いてるもので、麻生久美子の声に魅せられてしまったのです。その一場面で朗読していたのは、サトウハチロウの『ことばはやさしく美しくひびきよく---』という詩です。
        
        美しいことばは
        相手にキモチよくつたわる
        ひびきのよいことばは
        相手のキモチをなごやかにする
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 この詩は、表現としての言葉を繊細に、丁寧に、大切に扱っていて、自分がいかに言葉をぞんざいに使っていたことかと反省したのでした。
        
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        よくわかることばほど
        うれしいものはない
        やさしいことば使いは
        おたがいの心をむすびつける
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 私は最近、朗読教室でこの詩を朗読しました。

2022年ちょっと感じたこと

「地面に伏せて頭部を守る」
 これは、敵国からの弾道ミサイル落下時の行動として内閣官房が示していることです。Jアラートのメッセージが流れたら、ただちにこれをやり自分を守りなさいと。これを知ったときに私は戦時中に竹やりでB29を落とす訓練を日本国民は真剣にやっていたという話を思い出してしまいました。どれだけの意味があるのかということです。
 戦後77年、日本は「敵基地攻撃能力」をもって敵国に対処しようとしているのです。そもそも敵の基地がどこにあるのか簡単にわかるのかと思ったのですが、識者によれば、「山岳地帯のトンネルに潜み、自走式発射機で移動するミサイルを偵察衛星で撮影するのは極めて困難」とのこと。やはり、竹やりの部類のようなものでした。
 この効果のないようなもののために防衛費予算11兆円をつぎ込むと言うのです。これから国会で議論されるとのことですが、最近特に国会が議論の場になっていないと感じます。それぞれの立場で主張しました。はい、以上。で終わってるような気がします。
 この国はどうなっていくんでしょうか。
 でも、そんなに心配しなくてもいいかもしれません。岸田さんは決断力と実行力のない人のようですから。

〇2022年4月1日

「またもらっちゃったの!」
 
この季節になると、いつも近くの親戚の家がくれるタケノコ。ありがたいことなのですが、その日のうちに皮をむいて、ゆでて、ということをしておかなければならず、それにたくさんあればいいというものでもなく、料理のレパートリーも限られているわけで、持て余し気味になってしまうのです。
 
私の小さいころ、昭和30年代は、まだまだ裕福な生活とはならず、お金の恵みはそれほどなく、自然の恵みに頼ることになり、この時期の食卓に並ぶのは毎日タケノコ。毎日旬のものが食べられるなんて、ぜいたくだね、と思うでしょうが、毎日毎日、朝昼晩、それもタケノコの味噌汁とタケノコの煮たやつ。他に料理はなくそれだけ。
 
私のタケノコの思い出はこうなりますが、妻の思い出はちょっと違うようです。結婚したのは昭和50年代。アメリカへの新婚旅行から帰ってきて家族との夕飯を初めて迎えるわけで、妻はきょうはお寿司でも食べられるかなとそれなりに期待したそうです。なのに、出てきたのはタケノコの混ぜご飯。母としては御馳走をふるまったということなのですが、期待と現実との差は相当あったようです。それからの結婚生活のたいへんさを暗示するような出来事なのでした。

〇2022年5月14日
〇2022年7月1日